・日本は海外でリスペクト、企業は英語で情報発信を
・英語でないと世界に伝わらない、知ってもらうことがビジネスの第一歩
・日本で成功すれば世界で成功、安全安心で市場規模も大きい

国内・海外向けメディアコンテンツの企画制作などを手掛ける株式会社パシフィック ブリッジ メディア アンド コンサルティング(PBMC、東京都港区)の社長で、国際ニュース発信サイトであるJ-STORIES代表の前田利継氏は、日本は海外の多くの国でリスペクトされ、大ファンも多いと話します。しかしながら日本企業は英語での情報発信が十分でないため、その潜在力が十分に発揮されていないと言います。

3日にインタビューしました。

──PBMCの事業内容を教えてください。

「主に企業についての記事や動画、画像などのコンテンツを製作しています。企業はそれを自社のWebサイトやSNS、またはペイドメディアで流します。コンテンツをどのようなタイミングでどのメディアに流すのかという戦略的な立案もします。当社には国際的なメディアの出身者が多く、ニュース感覚があるコンテンツを作ることができるのが強みです」

──日本企業を海外に紹介するのですか。

「それが今は多いですが、海外企業を日本に紹介もします。クロスボーダー的に、日本と海外のマッチングを促進したいというのが大きな目標です。日本企業の場合はコンテンツを英語などに多言語化することで、より多くの人に知ってもらえます。まずは知ってもらわないと、ビジネスや投資につながりません。単なる企業や商品の紹介ではなく、その背景にあるストーリーを伝えるようにしています」

──J-STORIESではどのような発信を行っていますか。

PBMCを始めて今年で15年目になりますが、日本や海外の企業とお付き合いしている中で、J─STORIESのアイデアも生まれました。社会・環境問題などへの解決に取り組んでいる日本企業を海外に紹介するニュースサイトです。発信力がまだ乏しい初期ステージのスタートアップなどを、我々が取材して記事や動画を作り、日本語だけでなく英語や中国語で載せています。営業案件もありますが、89割は無料でやっています。2次使用も認めているので、国内外の他の主要メディアでもニュース素材として使われています」

──昔と違い、SNSなどを通じて企業も安価で簡単に発信できるようになりました。ニーズはあるのですか。

「東証プライム市場に上場している大手企業から初期ステージのスタートアップまで幅広い需要があると感じています。大手であっても自社サイトの英語版の英語がこなれていない場合が少なくありません。現時点で自動翻訳にはやはり限界がありますし、英語が稚拙だったり不明瞭だったりすると、企業の信頼度や価値、ブランド力に影響します。海外企業の日本語サイトが変な場合を想像してもらえるとわかるでしょう。例えば、資金調達が一応済んで、これからシリコンバレーのエンジニアにアピールしよう、振り向かせようとする企業の場合、非常に高いブランド力とクオリティの情報発信が必要です」

──製品やサービスが良ければ英語で発信しなくても売れるのではないですか。

「自分でビジネスをやってみてわかったのですが、どんなに良い製品やサービスでも、良いセールスがないと売れません。それほどでもない商品と良いセールスの組み合わせと、良い商品とそれほどでもないセールスの組み合わせでは、前者の方が圧倒的に売れます」

「プレゼンテーションも重要です。映像でみて、しっかりした印象を与えることができないと、ビジネスでは不利になります。私は、テキストの記者とテレビの記者の両方の経験があります。テキストの記者はプレゼンの出来はあまり気にしませんが、映像記者にとってはニュース価値を判断する上で重要な要素になります」

「ビジネスでは商品はもちろん大事ですが、その背景にあるストーリーが魅力的であったり、この人と一緒に仕事をしたいと思わせることが重要です。そもそも完璧な商品などありませんし、たとえ失敗しても、この人ならと思ってもらえると、ビジネスが続くからです」

「ストーリーも日本企業に欠けています。海外では、その企業や製品の背景にあるストーリーを伝えることができないと、価値を認めてもらえないことが多いのです。日本企業で、海外企業と比べて技術力などは全然劣っていないのに、株価などのバリュエーションが低いのは、それが一因でしょう。また英語でないとストーリーは海外に伝わりません」

──どのマスコミも収益的に苦戦しています。

「今の時代、ニュースのマネタイズ(収益化)は難しいです。SNSが広がる中、ニュースがコモディティ化して、タダなのだと認識が広がる中、良いニュースコンテンツを作りながら、サステイナブル(継続的)に資金を稼ぐのは容易ではありません。また私もジャーナリズムの世界で育ったので、純粋なニュースと営業的な要素も入ったニュースの狭間で心理的な葛藤があるのも確かです。ただ、日本と海外のマッチングという観点でニュースを発信することには大きな可能性を感じています。まだまだ不十分であり、ビジネスとして発展する余地が大きいからです」
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*日本や日本企業の海外での評価

──前田さんが接する海外の人にとって日本はどう映っていますか。

「憧れの国です。昔ほどではないにしても、多くの国の人にとっては、日本は依然としてキラキラ光っている国です。ハイテクや自動車で成功した国。治安が良く安全な国。最近はアニメや漫画で日本に親しみを感じてくれるようにもなりました」

「海外からの観光客が日本に多く訪れています。もちろん足元の円安もありますが、日本が大好きだから日本に来てくれているのです。今の旅行客はリピーターが多い。何度も訪れたい国が日本なのです。欧州の人は、日本の電車に乗るのが大好きだそうです。あの静けさがたまらないと言います」

──日本への直接投資は伸びてきていますが、他国と比べるとまだ低い状況です。

「ポテンシャルは十分にあります。欧米の企業がアジアに進出しようとする際、中国には政治的な面もあり行きにくい。他の国はインドネシアを除けば人口が少ない。日本は日本語のみで基本的に対応が可能ですが、多くの民族が集まる他国ではそうはいきません。シンガポールは金融のスタートアップが登記するにはいい場所ですが、人口は600万人しかいません。日本には減ってきたとはいえ20倍の1.2億人の市場があります。求められる基準が高い日本で成功すれば、世界のどこに行っても成功できると言われます。治安もいいし安全なので家族を連れてくるのにも安心です。日本はアジアのハブになれる要素をたくさん持っています」

──円安の影響もあって給与が相対的に安くなってきました。

「介護職の給与はドイツの3分の1、韓国の半分と言われます。さらに日本語の習得が必要です。ドイツや韓国であれば英語でできます。日本の介護職はハードルが異常に高いのです。しかし、それでも日本に来てくれる人がいます。それは日本が好きだからです。日本に住みたいからです。日本には海外の人を引き付ける魅力があります。ただし、そのようなラッキーな要素に甘えないように、日本も賃金を上げ、海外の人々にとっても魅力的に映る労働市場にする必要はあると思います」

──日本企業が海外に進出する際の現地の評価はどうですか。

「歓迎されます。日本はこれまでJICA(国際協力機構)などを通じて損得勘定抜きで農業やインフラ建設などをやってきました。特に中南米などの国では、地元に貢献してきたとして日本は尊敬されています。日本人は悪いことをしないし、驕ることもない、誠実だと言われています。海外事業を、もっと政治的に利用した方が良いとの批判もありますが、先人たちが築いてきたリスペクトが今でも残されているのは確かです」

「先日、シンガポールに行く機会がありましたが、タクシーの運転手さんが、この道は日本が作ってくれたのだ、と車内でずっと話してくれました」

──日本の起業環境は改善していますか。

「昔は、コワーキングスペースや、アクセラレーターなどもなく、起業するにあたって、誰に相談すればいいかもわかりませんでした。しかし、今はそれらが充実しており、以前よりは起業しやすくなったと思います。株式会社も1円で作れますしね。ただ、失敗に寛容ではない部分がまだ残っており、スピード感に欠ける点があるようにみえます」

──失敗に寛容ではないというのは金融機関ですか、世間ですか。

「すべてですね。絶対失敗しないようにするというのは、慎重で綿密でということになります。良い面もあります。スピード感はあってもテキトーでは困りますから。しかし、いまのグローバル環境では、ビジネスにスピード感が欠けているのは非常に不利です。やりながら修正するぐらいな感じでないと、世界についていけません」

「日本発の製品やサービスがどんどんなくなっていることに危機感を感じています。最終製品がないと日本語環境がいらなくなるのです。漢字も日本の漢字ではなく、中国語の漢字でいいやということになります。昔は、テレビやステレオなどなど、日本製品が身近にたくさんありました。日本の部品メーカーは優秀ですが、最終製品を作る企業にもっと頑張ってもらいたいと願っています」

前田利継 (Toshi Maeda):ジャーナリスト・メディア起業家。ジャパンタイムズ、AP通信、ロイター通信などの国際メディアで記者、プロデューサー、特派員を計15年間務めた後、株式会社パシフィック ブリッジ メディア アンド コンサルティングを設立。動画制作、ライブ配信、多言語での国際イベントなど、企業やメディアなどのグローバルな情報発信を総合的にサポート。2022年に「J-STORIES」を立ち上げる。東京生まれ。