バブルとテクノロジーには密接な関係があります。株式市場におけるバブル形成の材料として新技術が持て囃されることがある一方、バブルの助けがなければ発展しなかったと言われる技術も少なくありません。
バブルとテクノロジーが結びついた典型例の1つは、17世紀にイギリスで起きた鉄道バブルです。人や物を大量に輸送することを可能にしたこの技術は、世の中を変えたといっても過言ではありません。一方で、株式市場でもバブルを発生させました。英エコノミスト誌は2008年に「文句なく史上最大のバブル」と評しています。
「鉄道狂」と呼ばれたこのバブルがいかに大きかったは鉄道株を除いた株式市場との比較でみるとよくわかります。1838年、鉄道株が英国の上場株全体に占める割合は14%、時価総額の23%でしたが、10年後の1848年には構成比で48%、時価総額では71%を占めるまでに膨らみました。
株式市場の活況と連動して鉄道関連会社が多数設立され、当時のビクトリア朝経済に多大な利益をもたらしました。1855年に鉄道路線はフランスやドイツの約7倍となる1万3000キロを超え、イギリスは世界一、鉄道網の発達した国になりました。時間と費用の観点でみた、鉄道の社会的貯蓄は、1850年代でGDPの最大2%だったのが、1900年時点では10%に拡大したとされています。
こうした産業の大発展はバブルの助けを借りたと言われています。しかし例外なく破裂するのがバブルです。利上げや穀物の不作をきっかけにした金融危機によって株価が下落。1850年には鉄道株はピークから平均で85%下落し、鉄道株の総価値は費やされた資本の半分以下になってしまいました。
バブルの後遺症も小さくありませんでした。バブルは設備や雇用の過剰を生みます。イギリスでは鉄道路線が過剰に建設され競争が激化したために、鉄道路線1.6キロ当たりの平均収益は投機熱以前の70%を下回るまでに収益性が低下。1840年代に建設された鉄道路線のリターンは低く、やがて自動車に取って代わられることになります。
鉄道バブルのキーワードは「市場性」です。それまでは高額所得者などエリートだけが株式投資をしていましたが、中産階級や労働者階級もこぞって参加するようになりました。鉄道狂によって投機が民主化されたと言っていいでしょう。シャーロット・ブロンテやチャールズ・ダーウィンが鉄道株に投資したという記録もあります。今でいうインフルエンサー的な役割になったのかもしれません。
*フォーライクスの村松さんのNoteに寄稿させて頂いたリポート(3月31日付)を、一部加筆・修正しました。
*参考文献
・バブルの世界史(日本経済新聞出版、2023年)
・テクノロジー・バブル(日経BP、2020年)
・新訳バブルの歴史(パンローリング、2018年)
・ウォール街のランダム・ウォーカー(日本経済新聞出版、2007年)
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